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2016年9月 9日 (金)

初秋の御嶽山 2016年9月

 朝晩には涼しさを感じるようになりました。

 台風一過の初秋の空に、木曽の御嶽山が名古屋から見られました。とは言っても、昼間はほとんど雲に隠れていましたが、日没近くになって雲が消えてからのことです。

 昼間の、雲に隠れた御嶽山。中央の白い雲の上から、わずかに頭をのぞかせています。Ac1_1441_450x331_2
 雲が消え、山容を現したのは日没前のわずかな時間です。山頂の少し下に、2年前の噴火から続いている噴煙が白く見えます。Ac1_1480_450x334
 天高くの候、まもなく紅葉もきれいになります。山はいいですネ~。行きたいナ~~。

 さて、この噴火による被害をきっかけに登山をするさいの登山届けが各県で呼びかけられています。万一に備えて、登山をする際には、お忘れのないようにしましょう。

    ゆうたろう 

2016年9月 6日 (火)

【沖縄の在日米軍基地】 ⑬ 選挙が終わったら強行に 高江で工事 辺野古で訴訟

 いま、沖縄では、参議院選挙の終了と同時に、米軍北部訓練場(東村、国頭村)のヘリパッド=オスプレイパッド(着陸帯)建設工事を、反対する市民を機動隊が強制的に排除して再開しています。

 沖縄の新聞「沖縄タイムス」は次のように報じています。

 12日午前6時10分ごろ、沖縄県東村高江の米軍北部訓練場メインゲートに、ヘリパッド建設に使うとみられる資材を積んだ工事車両10台が入った。資材搬入は昨日に続き2日目。抗議する市民10人余りに対し、機動隊100人以上が警戒態勢を敷いた。
 午前8時前には、同ゲート前で市民と機動隊がもみ合いとなり、60代男性1人が身柄を拘束され基地内へ連行されたが、その後解放された。(沖縄タイムス 7/12)

 参議院選挙が開票された次の日には、建設の資材を搬入しているのです。投票の前に工事を強行すると、有権者の判断が怖かったのでしょう。安倍首相らしい姑息なやり方ではないでしょうか。

 米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江周辺のヘリパッド建設で、沖縄防衛局は22日、約2年間中断していた工事に着手した。建設に反対する市民約200人と、全国から派遣された機動隊など約500人の警察官が衝突。男性1人が肋骨(ろっこつ)を折る大けがを負い、計3人が救急搬送されるなど、現場は大混乱となった。また、県警と機動隊は県道70号を一部封鎖状態にし、車と人の通行を遮断した。(沖縄タイムス 7/23)

 高江村の住民は160人ほどとか、そこに500人の機動隊が威圧をかけ、怪我までさせているのです。

 辺野古は珊瑚礁の美しい、ジュゴンが訪れる豊かな自然に恵まれていました。

 高江村は、ヤンバルクイナやノグチゲラが住む自然の豊かな“やんばるの森”があります。

 沖縄の人々は、この豊かな自然とともに、平和な生活を営んできたのです。

 71年前、沖縄では本土決戦を前にした米軍が銃で住民を収容所に追いやり、その間に基地をつくりました。2016082001_01_1

 写真は、「ゲート前の集会で抗議の声を上げる人々=19日、沖縄県東村」:8月20日付赤旗

 終戦から71年、今、高江村では、安倍政権が機動隊を東京や神奈川県から動員して住民を囲い込み、工事車両を通しています。2016072301_02_1

 写真は、「ヘリパッド建設工事に反対し、機動隊に抗議する人たち=22日、沖縄県東村」:7月23日付赤旗

 このように、住民の抗議に背を向け、生活の基盤となる豊かな自然をも破壊してつくられるヘリパッド建設工事。完成したら、ここで訓練された米軍兵士が戦場へと飛び立つのです。

 辺野古新基地建設では、安倍政府は沖縄県を再び提訴しました。話し合いで解決するという民主主義の最低の前提さえ安倍政権は踏みにじっています。

 この政権とは、はやくお別れしたいですね。

 安倍内閣は、打倒するしかありません。

     ゆうたろう 

2016年8月 6日 (土)

原爆投下から71年 核兵器の廃絶を 峠三吉『原爆詩集』から「序」

 広島に、そして長崎に、原子爆弾が落とされて71年が経ちます。

 広島に最初の原子爆弾が落とされたのは1945年8月6日です。     合掌

 悲惨な原爆を繰り返さないでと被爆者が訴えてきましたが、原爆を保有する国は北朝鮮など増えています。愚かな、そして非人間的な核兵器の使用は断じて認めてはならないと思います。

 峠三吉は『原爆詩集』の「序」で次のように訴えています。

   ちちをかえせ ははをかえせ

   としよりをかえせ 

   こどもをかえせ

   わたしをかえせ わたしにつながる

   にんげんをかえせ

   にんげんの にんげんのよにあるかぎり

   くずれぬへいわを

   へいわをかえせ

 4日の赤旗に次のような記事が載りました。見出し「峠三吉『原爆詩集』につながる日記 広島市へ共産党から寄託 核兵器廃絶への願い込め」。記事のアドレスは:http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-08-04/2016080403_02_1.html 

 原水爆禁止世界大会が広島市で行われています。その国際会議で、数億の「ヒバクシャ国際署名」が呼びかけられました。唯一の被爆国として、日本が世界に「核兵器をなくそう」と呼びかけるもので、「国際会議宣言」は国連にも送られるそうです。

 一日も早い核兵器の廃絶を願っています。

     ゆうたろう 

2016年8月 5日 (金)

夏 2016年 もりや平和夏まつり ことしも山下公園で

 夏ですsun。夏と言えば祭りです。

 毎年恒例の「もりやまふれあい平和夏まつり」が、ことしも行われます。

 ことしも、屋台がいっぱい。

 輪になって盆踊りを楽しもうsign01

日時:8月27日(土)、午後5時~8時

場所:山下公園です。

(「自転車置き場が混み合いますので、お近くの方は徒歩でいらしてください」との事です)

主催:北医療生活協同組合
    守山ふれあい平和夏まつり実行委員会

 8月最後の土曜日です。夏休みの宿題もすませて、元気に2学期を迎えよう。

      ゆうたろう 

*主催者の名称が間違っていましたので、訂正しました。8月6日

2016年6月22日 (水)

参議院選挙が公示 戦争法の廃止を 栄で小池書記局長が演説

 参議院選挙が、きょう公示されました。昨年の国会で強行採択された安保法制=戦争法を廃止する大事な選挙だと、わたしは考えます。

 午前、名古屋の中心地・栄で共産党の小池書記局長を迎え、すやま選挙区候補とたけだ比例区候補の出陣式が行われました。Ac1_0089_450x444

 安倍首相はアベノミクスで6本の矢を放ったが全部外れ、アベノミクスは失敗だったことがハッキリしたと断じました。まったく、同感です。

 年金生活者のわたしには、年金の支給額が減らされ、消費税が上がりと、ダブルパンチです。フトコロが潤う気配がありません。かたや、大企業の内部留保は増やされ、株式で大儲けした富裕層はタックスヘイブンで税逃れと、まったく不公平です。貧困と格差が広がっているといわれます。

 安倍政権の強行採決で成立した戦争法=安保法制は、集団的自衛権の行使(自衛ではなく「他衛」)のためで、米国軍とともに戦場で血を流すものです。戦争を再び繰り返さないと決めた憲法と、真っ向から対立するものです。「紛争の解決は話し合いで」が今の世界の常道です。

 きょうは気温も湿度も高く、小池書記局長の額からは玉のような汗が出ていました。(写真で見て分かりました)Ac1_0109_640x381_3
 選挙区すやま初美候補と、比例区たけだ良介候補が決意を述べ、大きな拍手と歓声が起こりました。

 投票日は7月10日(日)です。戦争法ノー、立憲主義と民主主義を安倍政権から取り戻しましょう。

      ゆうたろう

2016年6月11日 (土)

【沖縄の在日米軍基地】⑫綱紀粛正 そして飲酒事故 さらに行動制限解除

 元海兵隊員だった軍属の死体遺棄事件は、容疑が「殺人・強姦致死」となり再逮捕されました。事件の非人間性と、日本政府の対米従属性が浮き彫りになっています。4ac809709406489248fbf17c7800606f

 さらに、この事件の再発防止として、米軍は「綱紀粛正」と5月27日から「30日間の勤務時間外の行動制限と基地内外での飲酒禁止」を発表(*)していました。にもかかわらず、5日、米兵の酒酔い逆走事故が起きました。

 「綱紀粛正」のお題目を並べるだけでは、犯罪の再発防止にならないことが実証されました。

 事件・事故の真の再発防止の有効な対策が求められますが、あろう事か在日米海軍司令部は「勤務時間外の行動制限を解除する」と発表しました。「行動制限」では効果がないと判断したのでしょうか。だとしたら、さらに有効な対策をするべきです。

 11日の中日新聞は、次のように報じています。

    *** 

 在日米海軍司令部は10日、第7艦隊を含む日本に駐留する全兵士を対象に実施していた、勤務時間外の行動制限を解除すると発表した。勤務時間外に基地の外で過ごす祭の詳細な行動計画を所属部隊長に提出させる暫定措置を導入する。基地内外での飲酒禁止は継続する。

 第7艦隊司令官のジョセフ・アーコイン中将は「日本との重要な関係を守り続けるためにわれわれはここにいる。危険な状態にある兵士を不祥事が起きる前に把握し、お互いに助け合う必要がある。飲酒関連の事件を断じて許さない」とコメントしている。

    *** 

 また、7日の琉球新報では、“綱紀粛正は「絵に描いた餅」米兵酒酔い逆走事故で翁長知事 地位協定改定を重ねて訴え”との見出しで次のように報じています。

    *** 

 沖縄県の翁長雄志知事は6日未明、米兵酒酔い逆走事故を受け、米軍や日本政府が示したばかりの再発防止策を挙げ「全く絵に描いた餅だ」とその実効性を厳しく批判した。その上で、「私の政治行動としては、日米地位協定の改定や、0・6%の国土面積しかない沖縄県に74・46%の米軍基地があるということを抜本的に解決しないと駄目だということをこれからも伝えていきたい」と改めて地位協定改定の必要性を訴えた。

    *** 

 まさに、基地あるがゆえの事件です。

 これらの事件の再発の防止は、「綱紀粛正」の繰り返しでは効果は全くなく、基地を撤去するしか解決の道は考えられません。

         ゆうたろう 

(*) 「綱紀粛正」と30日間の行動制限
 【沖縄の在日米軍基地】⑪の、次の記事をご参照ください。

沖縄に駐留する米軍責任者は、元海兵隊員の軍属の遺体遺棄事件を受けて、すべての軍人と軍属を対象に27日から30日間、外出や飲酒を制限すると発表しました。

2016年5月30日 (月)

【沖縄の在日米軍】 ⑪ 沖縄新人海兵隊員の研修 お題目の「綱紀粛正」

 沖縄の海兵隊が新人研修で、「沖縄県と基地周辺の地域は沖縄の歴史や基地の過重負担、社会問題を巧妙に利用し、中央政府と駆け引きしている」などと説明していることが明らかになりました。

 英国人のジャーナリスト、ジョン・ミッチェル氏が情報公開で入手しました。

 沖縄の新聞・琉球新報は、「これが海兵隊の研修か!! 米国はカリスマ 沖縄県民見くだし」と報じています。9f3852405c46fad0bb28dcdbeb08b5251

右の写真はクリックすると大きくなります。

 資料は沖縄の状況について「多くの県民にとって軍用地料が唯一の収入減であり、彼らは基地を返還してほしくない」などと、明らかな事実誤認の記述もあった。

 米軍に批判的な沖縄の世論については「多くの人は自分で情報を入手しようとせず、地元メディアの恣意的な報道によって色眼鏡で物事を見ている」と記述するなど、県民を見くだすような記述もあった。

 また、沖縄タイムスは、「沖縄県民を見下す海兵隊の新人研修 世論は感情的 米兵はもてる」と題して報道しました。

 「本土側の罪の意識」を沖縄は最大限に利用する」「沖縄の政治は基地問題を『てこ』として使う」などとして、沖縄蔑視をあらわにしている。

 事件事故については、「米軍の一人当たりの犯罪率は非常に低い」と教育。「マスメディアと地方政治は半分ほどの事実と不確かな容疑を語り、負担を強調しようとする」と批判する。

 特に沖縄2紙に対しては「内向きで狭い視野を持ち、反軍事のプロパガンダを売り込んでいる」と非難。一方で、「本土の報道機関は全体的に米軍に対してより友好的だ」と評する。

 兵士に対しては、異性にもてるようになる「外人パワー」を突然得るとして、我を忘れないよう注意している。

 ミッチェル氏は「米軍が沖縄を見下してもいいと教育し、何も知らない若い兵士の態度を形作っている。『良き隣人』の神話は崩壊した」と批判した。

 沖縄タイムズ紙は、解説で「明らかになった在沖米海兵隊の新任兵士研修の資料は、沖縄に対する侮辱に満ちている。事件や事故を起こしておきながら、それに対する県民の怒りを「感情的」「責任転嫁」などと退けている。」と述べています。

     ***  

 沖縄に駐留する米軍責任者は、元海兵隊員の軍属の遺体遺棄事件を受けて、すべての軍人と軍属を対象に27日から30日間、外出や飲酒を制限すると発表しました。

 沖縄の米軍は、これまでも事故や事件のたびに綱紀粛正を繰り返してきました。しかし、事件や事故は繰り返し起きており、米軍の度重なる綱紀粛正の実効性が疑われていました。Photo

 今回も外出や飲酒の制限などで綱紀粛正を図るようですが、新人研修に見られるような沖縄県人蔑視の意識が根底にあっては再発の防止は到底困難としか言えません。

 海兵隊は「殴り込み部隊」とも言われ、決して紳士ではありません。アメリカが紛争の解決を武力に頼っている限り、海兵隊の本質は変わりようがないでしょう。沖縄から米兵犯罪をなくすのには、基地の撤去しかありません。

 米軍は、本国に帰れ!! 
     戦争をなくそう!!! 
        NO  WAR  !!!

         ゆうたろう 

2016年5月21日 (土)

【沖縄の在日米軍基地】 ⑩ 元海兵隊員(現軍属)が婦女暴行・殺害 基地あるがゆえに多発する事件・事故

 沖縄で、20歳の女性が元海兵隊員に殺害されました。容疑者は、今は軍属ですが、元海兵隊員でした。

 中日新聞は次のように報じています。

 容疑者は遺体遺棄を認めた上で「わいせつ目的で女性を狙い、乱暴した」と供述。ウオーキング中だった女性の頭を棒で殴り、首を絞め、刃物で刺して殺害した。

 容疑者(32)が「殺害し、遺体をスーツケースに入れて運んだ」「わいせつ目的で女性を狙い乱暴した」と供述していることが21日、捜査関係者への取材で分かった。沖縄県警は事実関係を慎重に捜査している。

 捜査関係者によると、容疑者は「首を絞め、刃物で刺した」とも供述。 

 NHKでは次のように報じました。

 アメリカ軍関係者の男が20歳の女性の遺体を遺棄したとして逮捕された事件で、男のスマートフォンに女性の顔写真が保存されていたことが捜査関係者への取材で分かりました。調べに対し、男は事件の際、女性のフェイスブックの画面を撮影したなどと供述しているということで、警察は、こうした行動の目的などについて調べています。

 琉球新報は次のように報じています(琉球新報電子版)

 米軍属女性死体遺棄事件で、被害者の女性の告別式が21日午後、本島北部の葬斎場でしめやかに執り行われた。親族や友人、知人ら約800人が参列し、最期の別れを悲しみながら、非道な犯行に対する怒りを新たにしていた。
 祭壇にはピンクのドレスとティアラ(王冠をイメージしたアクセサリー)を着け、笑顔を浮かべる女性の写真が飾られた。
 告別式の冒頭、多くの参列者を前に、父親があいさつした。父親が「遺影に写った笑顔を忘れないでほしい」と声を詰まらせると、会場からすすり泣く声がもれた。
 参列者はハンカチで目元を押さえたり、沈痛な表情でうつむいたりしながら会場を後にした。
 告別式には翁長雄志知事、中谷元・防衛相、島尻安伊子沖縄担当相らも参列したが、いずれも報道陣の取材は受けず、会場を後にした。
 参列した友人らは「かわいくていい子だった」「悔しくて仕方がない」など涙ながらに話していた。容疑者として米軍属が逮捕されたことについては「基地がある限り続く。基地をなくすべきだ」「このような犯罪が絶対に起きない仕組み作りを考えてほしい」などと訴える声もあった。【琉球新報電子版】

 遺体を入れたスーツケースが予め用意されたものだとしたら、犯行は計画的だったのかも知れません。スマートフォンの操作でも警察は調べているようです。

 なんとも痛ましい事件です。個人の尊厳の尊重はまったくありません。沖縄に米軍基地があることによって、この悲劇が繰り返されているのです。

 ことしの3月に、沖縄県議会が次のような意見書を出したばかりです。

      ***** 

  米軍人による女性暴行事件に関する意見書  

 去る3月13日、沖縄県警は同日未明に那覇市内のホテルで発生した女性暴行事件について、キャンプ・シュワブ所属の米海軍1等水兵を準強姦罪の容疑で緊急逮捕した。女性に対するこのような行為は、肉体的、精神的苦痛を与えるだけではなく、人間としての尊厳を蹂躙する極めて悪質な犯罪である。

 本件における復帰後の米軍構成員等による犯罪件数は、平成27年12月末時点で5896件にも上り、本県議会は、事件・事故が発生するたびに、綱紀粛正、再発防止及び関係者への教育等を徹底するよう米軍等に強く抗議してきたところである。それにもかかわらず、今回、またもやこのような事件が発生したことは、米軍における再発防止への取り組みや軍人への教育のあり方が機能していないと言わざるを得ず、激しい憤りを禁じ得ない。

 よって、本県議会は、県民の人権・生命・財産を守る立場から、今回の事件に対し厳重に抗議するとともに、下記の事項が速やかに実現されるよう強く要請する。

           記 

1 被害者及び家族への謝罪並びに完全な補償を行うこと。

2 米軍人・軍属等の綱紀粛正、人権に関する実効性のある教育及び休暇時等の行動実態調査等を行うよう求めるとともに、その内容や実施状況等を県民に公表すること。

3 日米両政府は、米軍人・軍属等による事件・事故を防止するため、沖縄県民の提言を受け実効性のある教育・規制のあり方を協議し、実施する仕組みを構築すること。

4 日米地位協定の抜本的な見直しを行うとともに、米軍基地を整理・縮小すること。

 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。
  平成28年3月22日
               沖 縄 県 議 会

内閣総理大臣
外務大臣          宛て
防衛大臣
沖縄及び北方対策担当大臣

      ***** 

 この事件の記憶がまだ消えないうちの、今回の事件です。米軍の綱紀粛正はどうなっているのでしょうか。米軍人への人権教育は、果たして行われているのでしょうか。

 44年前の1972年5月15日に沖縄は本土に復帰しました。今回、容疑者が逮捕されたのは5月19日でした。5897件です。この事態は、米軍の反省と綱紀粛正では、事件・事故の再発防止のできないことを、改めて示したのではないでしょうか。

 沖縄から、米軍人・軍属の事件・事故をなくすためには、米軍基地の撤去しかないと思います。

     ゆうたろう 

2016年5月12日 (木)

きょうの御嶽山 晴れているのに御嶽にだけ雲

 今朝は目が早く覚め、しかも明るいときた。思わず、カーテンを開け外をのぞいてしまった。なんと素晴らしい天気でしょう。

 ここしばらく、御嶽の写真を撮っていなくて気になっていたので、「そうだ、御嶽の写真を撮りに行こう」と早く起き、胸躍らせながらカメラを持って出かけました。いつもの場所で、振り向くと、なんと、晴天にもかかわらず、御嶽は雲のベールをかぶっていました。Ac1_9381_450x322

 ああ、ア~~ァ! 期待外れ。

 もう一つの定点へ。ここもダメ。当然ですが。

Ac1_9474_450x349 でも、ちょっと見ていると、雲は流れていました。で、時間をおいて、もう一枚。何とか、頂上の一部が分かるようになりました。

 じゃア、乗鞍は、どう? 

 あ、乗鞍は見える。御嶽よりも遠方にある乗鞍の方には雲がかかっていませんでした。いつもと逆です。Ac1_9402_450x354

 どうやら、御嶽と乗鞍の間、野麦峠から回り込んだ雲が御嶽を包んでいるかの様でした。

 もう少し、時間をおいてから、はじめの地点へ戻ると、雲がかなり薄くなっていました。Ac1_9515_450x394

 さて、噴煙ですが、以前のようには見えません。今朝は、かなり減っています。日によって差があるようです。早く収束してくれるといいのですがネ。

 そうそう、見ての通り、雪はほとんど溶けたようですよ。

 北アルプスの一部では、テレビで開山開きを伝えていました。御嶽山は信仰の山、ここで御霊の眠っている方にお参りに行かれる方は、「今か、今か」とお待ちのことと思います。噴煙が一日も早く収まり、御山に登れることを願っています。

     ゆうたろう

2016年5月 6日 (金)

【沖縄の在日米軍基地】⑨沖縄になぜ海兵隊がいるのか(2)

 アメリカから来た海兵隊部隊は、本土に駐留した後、1957年に沖縄に移動してきました。Dsc_0016_450x425

 沖縄への米軍基地建設について、写真家の嬉野京子さんは著書『戦場が見える島 沖縄  50年間の取材から』で第一の契機は1945年の沖縄戦で、第二の契機は1953年の米軍が公布した土地収用令だと述べています。第二の契機を引用します。

      ◇◇◇

 基地建設の第二の契機は、1953年に米軍が公布した土地収用令によるものだ。この時以降、那覇市安謝・銘苅地区、宜野湾市伊佐早、伊江村真謝・西崎地区などの各地において、武装米兵の力によって強制的に新たな土地接収を行った。いわゆる「銃剣とブルドーザー」による接収である。このようなやり方は講和前にも例がなく、住民に衝撃を与え、米軍との間で流血にいたる例もあった。

 米軍の司令部は二度にわたる土地の強奪を「征服者の権利」として開き直った。土地を奪われた沖縄の人々は怒り、やがて土地の返還を求める「島ぐるみ闘争」へと発展してゆく。

 嬉野さんは、次のようにも述べ、米軍の軍用地の確保は「ハーグ陸戦法規に反している」と厳しく批判しています。

 基地建設の第一の契機は1945年の沖縄戦だった。…米軍は激しい戦闘を経て6月までに沖縄全土を支配下に置いた。…。そして米軍は、住民を収容所に隔離している間に、沖縄全土で米軍基地建設のための軍用地を確保した。…

 米軍は、土地接収にあたり一切の補償をせず、地代も払わずに使用しつづけた。こうした軍用地囲い込みは、「戦争の必要上、万一やむを得ない場合を除いて、敵の財産を破壊したり押収したりしてはならない」とのハーグ陸戦法規の国際条約に反している。

 二十歳の頃に60年安保闘争の経験をした嬉野さんは、20代前半にフリーで報道写真を撮るようになり、沖縄返還行進の参加など経験しました。1965年、沖縄で開かれる「海上大会」に参加することになりました。

 報道関係者などの渡航申請は、米国の施政権下で入域許可証がおりなかった時代である。が、嬉野さんは「グラフィックデザイナー」と書いて入域許可証を得ることができた。そして渡った沖縄では、「カメラを持っていると命の保証はない」と祖国復帰行進に参加してもカメラを預けることになりました。

 「嬉野さん、事故だよ」

 小学校で行進団が休憩していた時だった。学校の中にいた私はただならぬ声に呼ばれ、学校から飛び出し、…走った。車を降りた米兵がいた。悪びれた様子もないその視線の先に小さな女の子が横たわって動かない。

 私は思わずライカを取り出して写真を撮ろうとした。すると行進団の人が、「こんなの撮ったら大変です」「あなたの命がなくなってしまうから写真だけは撮らないでください」と口々に言う。

 だが、こういう重大な現場を目の前にして、シャッターを切らないわけにはいかないのも私としては当然である。こういうあってはならないことが、沖縄では日常的に起きているということを本土の人たちは知るよしもないのだから、これは伝えなくてはならない。

 行進団と嬉野さんとが話をして、「一枚だけ」撮ってフィルムを行進団の人に渡すことにして命がけの写真を撮ることができました。「写真の中央に変わり果てたNちゃんの遺体があり、右に米兵がいる」―嬉野さんにとっても、行進団にとっても、命がけの一枚です。

 1965年の4月といえば、米軍がベトナムでトンキン湾事件を起こし北ベトナムへの空爆(いわゆる「北爆」、1965年2月~)を開始した直後で、沖縄はその前線基地として騒然とし始めた時期だった。

      ◇◇◇

 日本の終戦が1945年8月。
 講和条約で日本の独立が1951年
   (安保条約も締結 1951年)
 米軍のベトナム侵略1960~1975年
 沖縄の本土復帰1972年

 海兵隊が本土から消えて、沖縄に移駐したのは1957年でした。米軍立川基地の拡張に反対する砂川闘争など、米軍基地撤去のたたかいが全国に広まりました。すでに日本は、51年のサンフランシスコ講和条約によって「独立国」ですから、基地撤去の国民的なたたかいは米軍には大きな圧力だったでしょう。海兵隊の行き先は、米軍施政権下の沖縄しかなかったのでしょう。

 1972年の沖縄の本土復帰で、沖縄県民は国政選挙に参加できるようになりました。米軍施政権下で経済の発展も阻害されていましたが、復帰後は自主的な経済の発展がありました。

 翁長知事は、「沖縄が米軍に自ら土地を提供したことは一度もありません。」と繰り返し述べています。

 日本がサンフランシスコ講和条約で米軍の占領から解放され、沖縄も本土に復帰したというのに、戦後70余年経つというのに、いまだに日本には耐用年数200年といわれる新たな米軍基地が造られようとしているのです。これは、まったく異常としか言えません。

 しかも、核兵器の密約は「いまも生きている」といいます。

        ゆうたろう

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本棚

  • 井上ひさし: 『ボローニャ紀行』
     イタリアのボローニャ市は、職人の町で精密機械は世界的な評価をえている。町作りも、市民が討論し組合を立ち上げ、行政が支援している。レジスタンスも勉強になった。ボローニャ大学は、医学の歴史でも、なかなかおもしろい。
  • 堤未果:: 『ルポ 貧困大国アメリカ』
     米国野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇し、その後ジャーナリストとなった経歴の著者が見て、聞いて、そして書いた大国アメリカの底辺の実態。日本の政府と経済界が押しすすめるグローバリゼイションと、新自由主義の行き着くであろう世界です。(岩波新書)  
  • 南木佳土: 『信州に上医あり―若月俊一と佐久病院―』 ・
     信州(長野県)に佐久病院というのがある。農村である。封建的だった。そこへ「アカ」といわれる若い医師が東京から着任した。  「予防は治療に勝る」と、出張診療をするなど、地域に医療をコツコツと築いた。  「医療」とか「地域医療」を考えるのに、一度は目を通したい本である。
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